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第六楽章、主題と変奏
十二匹の
蛇
コントラバスの
穴を出づ
●この曲はクラリネット奏者アントーン・シュタードラーの演奏会用に作曲された。シュタードラーはヴィーン時代のモーツァルトの親しい友人の一人でクラリネット五重奏曲も、クラリネット協奏曲も彼のために書かれた。つまり三つの傑作が彼のために書かれたのだ。私は25歳頃、「モーツァルト馬鹿」というよりも「モーツァルト狂」だった、そのころ私は「私がモーツァルトの友人だったら」と夢想する毎日だった。そんなある夜、驚いたことに、夢の中にモーツァルトが現れた。カツラをかぶって真っ赤な胴着を着たモーツァルトはピアノの前に坐って「さて君のために何を弾こうか」と言う。すかさず私は「港町ブルース」を主題にした変奏曲!。その演奏がどういうものであったか定かでないのに、目覚めた時の至福感は生々しく昨日のように覚えている。
●映画「アマデウス」では、第三楽章のアダージオが効果的に使われていた。サリエリがモーツァルトの天才を思い知らされる決定的な場面に、このアダージオが鳴り響く。脚本にも参加していた原作者ピーター・シェーファーの見識が光った選曲だった。
●この曲の自筆楽譜の表紙に「グラン・パルティータ」と書かれたのはモーツァルトの死後かなり後のことである。何者かによるこの呼称は現在でも親しまれている。
●十三管楽器とはいいながら、モーツァルトのオリジナル・スコアにはオーボエ2、クラリネット2、バセットホルン2、ファゴット2、ホルン4、の十二管楽器に、弦のコントラバス1、が指定されている。木管のコントラファゴットをモーツァルトが意図していたことは明らかなのに、何故弦のコントラバスを使って演奏するようになったか不明である。恐らく初演当時、適当なコントラファゴット奏者が見つからなかったのだろう。
●好演の多いこの曲の中で、一番良く聴くのは、オリジナル楽器を使ったクイケン盤。すっきりともたれがない。
●季語は「蛇穴を出づ」。冬眠していた蛇が、春になると穴を出てそれぞれの棲みかに散る。啓蟄の頃である。
蛇穴を出て見れば周の天下なり 高浜 虚子
蛇いでてすぐに女人に会ひにけり 橋本 多佳子
蛇の尾に残心ありて穴を離る 関口 比良男
紙本墨画 着彩
33cm x 33cm
1999年