セレナード・ト長調

k525

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」全曲

小夜といふ

娼婦の

あはれ

聖五月

●アイネ(一つ)クライネ(小さな)ナハトムジーク(夜曲)と、自作品目録に書き込まれていたモーツァルトの覚え書きのようなメモが、そのままその後曲名となった。
●出版社に勤める○氏の娘の名前は小夜子という。5月25日に生まれたからだ。子供を持たなかったことは、何よりも慶賀なことだと考えている私でさえ、思わずうらやましくなったものだ。
そして、24日に生まれていたら、K524だからクローエも良い。しかしどんな漢字を当てればよいだろうか、「黒江」とか「玄絵」ならどうか、いやいっそのこと、平仮名で「くろえ」でいいのではないか、しかし26日だとK526は、クラビアとヴァイオリンのためのソナタだからお手上げだなとか、すっかり興に乗って、○氏と楽しい一夜を過ごしたものだ。
●私が30年も神楽坂で営んでいた酒場と水墨画のギャラリーを兼ねた店の名前は「憂陀」という。店名をつける時、最初「パパゲーノ」としたら、喫茶店みたいだと猛烈に反対されて、やむを得ず「憂陀」にした。ほとんどの客は、イエスを裏切ったユダのことか、と聴くので、「いや文字通りメランコリー・ブッダだ」と応えて後は沈黙する。「憂愁の覚者」、つまりモーツァルトのことである。
●私はこのセレナードに関しては小編成の演奏を好む。本来弦楽五重奏曲で意図されていたように、室内楽的な演奏の方が、よりこの曲の比類ない完成度の高さが味わえるからだ。レコード音楽史上、これほどの名曲がこれほど通俗なのはめずらしく、レコードの録音枚数も6年まえの1992年に刊された『モーツァルト「全作品」ディスコグラフィ』(小学館)によれば223枚と一番多い。その後も続々と録音されており、おそらく300枚ちかくになっているだろう。私自身のコレクションも35枚と一番多い。にもかかわらず、私にとって未だ決定盤はない。どの演奏も一長一短あり、とりあえずドロットニングホルム・バロック・アンサンブルの、耳新しい装飾音の入った演奏を挙げておく。
●季語は「聖五月」。カトリックでは、五月を聖五月と呼ぶ。聖五月はここから来た言葉。夏のはじめのさわやかな月で、気候も安定している。

亡骸に五月の母の囁ける  金森 三猪

五月このユークリッドの木を起こし  加藤 郁乎

他人の墓並ぶ明るさ五月来る  三田 昭

木の幹を登りゆく水聖五月  滝口 春男

アリスにもならず体操聖五月  蝶丸

紙本墨画 着彩

33cm x 33cm
1999年