管楽器のためのセレナード

変ホ長調 k375

第三楽章アダージオ

秋庭を

土星と

歩む

同じうす

●「夜の11時には、僕のためのセレナードが演奏されました。」 「演奏した6人の楽士たちは、乞食同様のみすぼらしいなりをしていましたが、じつに見事なアンサンブルを聴かせてくれました」。これは、このセレナードについてモーツァルトが、父レオポルドに宛てた1781年11月3日付けの手紙である。このセレナードは、翌1782年オーボエを2本追加して八重奏曲として完成された。
●モーツァルトの、管楽器だけのアンサンブル用音楽、いわゆるハルモニームジークを聴くと、私はいつも、夜の気配と星々や月の光を感じてしまう。もちろん上記のモーツァルトの手紙にあるように、ハルモニームジークとは、当時音楽師たちが、貴族たちの宴会や恋人たちの語らいのために、夕方や真夜中に招かれて演奏した管楽器のみの音楽であることによる。この「秋庭」の句の他に、「夕顔にペガサス降りて鎮まるる」「金星の箸に懸かるや芋の飯」「懐にオリオン無けれど懐手」「枯萩を刈ればシリウス生臭し」などの句があるが、沸き立つようなオーボエの響きや、バセットホルンとフアゴットのうねりを聴きながら作句したものばかりである。
●第二次大戦中、ナチスに追われて自殺した、ユダヤ系ドイツの文芸評論家ベンヤミンに「私は土星の、このもっともゆっくり回る星、迂回と遅延とをこととする惑星のもとに生まれた」という言葉がある。古くから西洋占星術の上では、土星は惑星のうち、もっとも歩みの遅い、もっとも遠い星で、老齢と死の象徴である。有名なデュラーの「メランコリアI」では、絵の背景に描かれていて、イギリスでは今でも、陰気なメランコリー的性格の人を、この土星の影響を受けて生まれた者として「土星的な人」と呼んでいる。
●もしモーツァルトの音楽に、メランコリーがなかったら、ハイドンと聞き間違ってばかりしたろう。モーツァルトの音楽の魅力と謎は彼の「メランコリー」にある。そしてこのメランコリーは、いかなる内因的精神疾患からも、神経症的症状からも説明不可能な、「存在してしまった者の憂愁」。 つまりハイデッガーのいう「聴くもの達の中で最も聴く者の一人であった」「見者の憂愁」なのだ。
●アーノンクール指揮のものを良く聴くが、他にも好演が多い。
●このセレナードの他にも、管楽器のための二つのアダージオK410とK411は、夜がしたたり落ちるような名品で、ザビーネ・マイヤー率いるトリオ・ディ・クラローネの演奏が累晴らしい。
●季語は「秋庭」または「秋園」。野山が秋の色に装われるように公園や庭園もまたその趣を深める。秋の草花が咲き乱れ、木々は紅葉してひときわ美しい。

暮れかけてまた来る客や秋の園 上川井梨葉

秋の庭犬去り猫来また犬来る 富安風生

秋園のあら新しき蛇口かな 木村素寒

紙本墨画 着彩

33cm x 33cm
1999年